今日もはっと息を飲む帽子ストーリーを探して。ハットスタイル編集長の松はじめです。
世界初の地下鉄といえばロンドンです。トンネルの断面が円形なので、チューブという愛称で知られ、1863年1月10日、パディントン駅からファリンドン駅までの約6キロが開通しました。建設前はかなり物議を交わしたようです、地下に電車を走らせる?奇想天外だ!と。
そんなロンドンの地下鉄で、初の鉄道殺人事件が起こります。
その事件がきっかけである帽子が流行したことはご存知でしょうか?
地下鉄の線路に血だらけの遺体が
それは地下鉄が開通した翌年の1864年7月7日の出来事でした。
線路に血だらけの人間が発見されたのです。
線路で電車に轢かれたわけではなく、なんと一等コンパートメントの客室で襲われて、線路に放り出されたのです。客実にはウォーカー帽子店と書かれた少し山の低いトップハットが置かれていました。
トーマスブリッグスは洒落者で銀行家で、金の懐中時計と金のチェーンが持ち去られていました。発見された時には辛うじて息がありましたが、病院に運ばれて間も無く息を引き取りました。
盗まれた金のチェーンが出てくる
7月11日、捜査を進めていくと、トーマスブリッグスの持っていた金のチェーンが見つかります。
それはディースという宝石商にありました。
「若いドイツ訛りの男が売りに来たから、買い取った。」というのです。
しかし捜査は難航します。そこで客室に置かれていた山の低いシルクハットを新聞に掲載することに。
シルクハットに見覚えがある
フロックコートを着てトップハットを被る紳士(左)と、今のスーツの原型といわれるラウンジコートに身を包み、ソフトハットを被る紳士(右)。
7月20日、ついにシルクハットに見覚えがあるという男性が現れます。
それはジェームズ・マシューズ。彼は御者(馬を扱う人。タクシードライバーならぬ馬ドライバーのような)が、ウォーカーズ帽子店で買って、下宿している人間と物々交換したんだ、その帽子だと。
交換した相手は、ドイツの24歳の仕立て屋、フランツミューラー。あの時計で有名なフランクミューラーではなく、フランツミューラー。彼は、帽子の代わりに着る物をくれたと言います。
そのフランツミューラーはどこに?というと、なんとついこの間ビクトリア号でアメリカにすでに高飛びしたことが判明します。
この時点で事件から2週間近く経っていて、未だ犯人が捕まらないことに、新聞も大きく取り上げていた事件です。
これだけの騒ぎになり、刑事たちも威信にかけて、逃げられてなるものか!と高速船で追いかけます。こうしてニューヨークへ先回りしてフランツミューラーを捕まえたのでした。
ミューラーカットダウンが誕生
裁判は陪審員制度で行われ、1864年11月14日に公開処刑となります。
ところが、その翌年の1865年から、この山の低い帽子がちょっとオシャレだ、とロンドンで大流行するのです。シルク素材で半分くらいにカットされたこの帽子は、フランツミューラーの名前から、ミューラーカットダウンと呼ばれました。
これが英国の鉄道での最初の殺人事件ですが、当時は馬を扱う御者や、若い仕立て屋などもトップハットを被っていたことがわかります。
こちらは1830年の資料ですが、トップハットもこんなにもいろいろな種類がありました。洒落者なら去年と同じ帽子を被るわけにはいかない、と毎年購入したわけで、帽子屋も次々と新作を出しました。
トップハットの中のシルクハット
またトップハットにもいろいろな呼び名があります。
例えば、プラグハット。プラグのような形だからそう呼んだのでしょう。
それからシルクハットですが、トップハットというとシルクハットのことじゃないの?と思うのですが、実は、トップハットにいろいろな種類があって、その1つがシルクハットなのです。
シルクハットは、その名の通りシルク素材ですが、以前はビーバーの毛皮が使われていました。
そのため、ビーバーハイハットという風な呼び名が使われていました。
19世紀の英国で、トップハットは大流行します。帽子を被らずして外を歩けないと言われたほどです。
そんなトップハットですが、ハットを現場に残してしまったがために最終的には処刑となった犯人、帽子が決定的な証拠となった事件も珍しいかもしれません。
室内で帽子は脱ぐものですが、もし何か企てている場合は脱がない方が良いのかしら・・・
それは松、帽子を被っていかなきゃ良いだけだ!というご意見ございましたらなるほどご尤もでございます、と私シャッポを脱ぐしかございません。
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